日本は政府も含めて英語の情報発信能力がゼロに等しいと感じます
日本のニュースを英語で世界の読者に伝えるジャパンタイムズで政治取材を担当する三重綾子さん。その報道観はTBSの「筑紫哲也のニュース23」で培われました。日米政府が支給するフルブライト奨学金を得て、カリフォルニア大学バークレー校 の Graduate School of Journalismに進学し、日米のメディアに精通する三重さんに、グローバル社会で求められる記者の資質についてお話を伺いました。
Qまず、記者になったきっかけについて教えてください。
昔からニュースに興味はありました。ただ、就職活動の時には、日本と海外をつなぐ仕事に興味があり、マスコミではなく商社を志望していました。そんな時に、ご縁がありTBSの子会社に採用されました。入社後半年ほど経った9月11日に、アメリカ同時多発テロが起こりましたが、たまたま英語が話せるスタッフが番組にあまりいなかったので、特別取材班として右も左もわからないままニューヨークに派遣されました。
その時に初めて、ニュースって面白いと思ったのです。テレビ番組が視聴者に語りかける力を実感しましたし、報道の可能性に魅力を感じました。偶然が重なり、自分に合った記者としての道が開けたことは、非常に幸運だったと思っています。
Qアメリカでニュースの魅力を感じられたのですね。
TBSでは本当に人に恵まれていましたし、短期間でしたが、ワシントンD.C.駐在させてもらうなど、面白い仕事も多くやらせていただきました。ただ、報道の仕事を続けていくうちに、日本の世界における影響力が低下する中、日本の今を正しく英語で伝えられる人間は限られているということを痛感するようになりました。また、高校の時にAFSという留学団体を通してアメリカの高校に通った時にも、日本に関する英語報道は、非常に偏っていると感じていました。そうこう考えるうちに、日米二つの文化を理解する自分が、英文ジャーナリズムに関わることによって、情報格差を埋める役割を担いたいと考えるようになりました。一方で、英語が母国語ではない人間が、欧米スタイルのジャーナリズムの世界にいきなり飛び込むのはかなり無理があります。そのため、日米両政府が支給するフルブライト奨学金を得て、カリフォルニア大学バークレー校のジャーナリズム大学院に進学しました。
Q大学院卒業後はどのようなところで記者をされたのでしょうか?
当時、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版にコラムを書いていまして、そこからインターンの話をいただきました。そんな中、3月11日の東日本大震災が発生し、ウォール・ストリート・ジャーナルのブログで何本か英語の記事を書かせてもらいました。その後Yahoo!JAPANでニューストピックスを担当しましたが、間もなくしてワシントンD.C.に拠点を置くアメリカの新聞社、ワシントン・ポストから採用の声がかかります。英語で記事を書くことに挑戦できると思いポストへ行ったのですが、実際はアメリカ人の特派員の通訳やリサーチの仕事が多く、チャンスは巡ってきませんでした。そんな時にジャパンタイムズに空きがあり、応募して採用されたのです。
転々としましたが、おかげでいろいろなコネクションもできましたし、それでいいと思っています。書けるか書けないか、いい署名記事を何本持っているかが評価される世界なので、実力をつけていくためには手段を選ばずいこうと考えています。チャンスにリスクは付き物です。リスクのある道を選ぶ方が、リターンが大きいと思っています。
Qアメリカと日本、ジャーナリストとして求められるものに違いはありますか?
まずアメリカでは私くらい色々なタイプの記者を経験するのが一般的です。マルチメディアジャーナリストと言うのですが、書く力はもちろんのこと、写真もできる、ビデオもできる、インターネットもできないとアメリカでは採用されません。日本だとネットと聞くと、ネット上で記事を出すことだと思われがちですが、そうではないのです。HTML5やグーグルフュージョンなど、ネットだからこそできる手法を取り入れて、我々が一番伝えたいことをどう伝えるかということを重要視します。どのコンテンツをビデオにして、写真のスライドショーにするのかなどのアイディアがすぐに出てこないと通用しないのです。取材力があり的確な文章が書けることは当たり前ですが、今アメリカで求められているのは、それに加えて、ネットなどを駆使して魅力あるコンテンツ作りができる人材です。
また、媒体での勝負ではなく個の勝負。ですので署名記事には強いこだわりがあります。ニュースで言った瞬間、読者が読んだ瞬間に、イメージを沸かせ、人の心をつかまなければ駄目です。ですから、記事を書く時は1段落目に何を書くかがとても重要ですし、形容詞には主観が入るので、アクションで物を伝えろと教えられました。
Q海外から日本を見た時に、感じられることはありますか?
日本は政府も含めて英語の情報発信能力がゼロに等しいと感じます。以前、「日本企業のグローバル化」という記事を書く機会があり、ある日本企業を取材したのですが、その実態を目の当たりにしました。政治でも、大臣は通訳を介さないと英語で答弁できませんし、英語版の制作には時間がかかります。外から日本を見ると、ガラパゴス状態だということがよくわかります。
国を引っ張って行く企業のトップや政治家が英語に対する意識が薄いのは非常に問題だと感じています。日本がグローバルプレイヤーになりたいのであれば、まず企業のトップや政治家個人が英語への意識を高く持って発信していくべきだと思います。
また、日本人は外圧に弱い面があると思います。「ニューヨークタイムズがこう報道しました」と聞けば、「アメリカ人がこう言っているから、こうに違いない」というベクトルが働く傾向にあります。
受け取る側として、記事の正誤を見極め、日本人としての立ち位置を一人一人が認識していなければ、たとえ英語を話せるようになったとしても、惑わされてしまいます。自分が日本人であり、日本で生まれ育ったというアイデンティティは、しっかりと持っておくべきだと思います。
Q三重さん自身が今後、目指しているものはありますか?
私個人が目指しているものとしては、ジャーナリストの研修員システムのようなものを立ち上げたいなと考えています。アメリカにはジャーナリズムに対する財団の支援や、ナイト・デジタル・メディア・センターなど、無料でジャーナリズムの様々な技術が学べる制度が多くあるのですが、日本には全くありません。また、それぞれの会社でできることは限られています。
たとえば何かテーマを持った海外の英文ジャーナリストを1週間日本に連れてきて、必ず記事や企画書を提出してもらう。そのような仕組みを作ることで、多様な視点で見られた、ありのままの日本についてのニュースが世界に広がるのではないかと思っています。
その考えに至った理由は、一個人にできることには限界があるということもありますし、ジャーナリズムこそ一番の外交の手助けだと考えるからです。日本とアメリカ、両方の文化を知る私なら、海外と日本をもっとつなげられるのではないかと。外交と言うと大袈裟かもしれませんが、そう思うことが、今の私の一番のモチベーションですね。
(取材日:2013年2月12日)
三重 綾子氏
- 媒体名
- ジャパンタイムズ