最終的に目指す先は、「Web担当者Forumというメディアが必要なくなること」
企業ホームページとネットマーケティングの実践情報サイト「Web担当者Forum」の編集長を務める安田英久さん。1997年のインプレス入社以来、数々の書籍や雑誌、Webメディアに携わってきました。最終的に目指す先は、「Web担当者Forumというメディアが必要なくなること」という安田編集長に、その理由を聞きました。
Q編集職に就いた経緯を教えてください。
もともとは大学生の頃に、アルバイトでインプレス(※Web担当者Forumは、株式会社インプレスビジネスメディアが運営) に入り、そのまま正社員になったというのがいきさつです。アルバイトを始めた当時は、実は編集職というものに特別に興味があったわけではなく、アルバイト情報誌で見つけた「マスコミ」という言葉になんとなく惹かれ、入社を決めたという程度でした。
けれど実際に働いてみると、これがものすごくおもしろかった。当時私は、ベストセラーになりつつあった『できるWindows』『できるExcel』などの、パソコン解説書『できるシリーズ』の書籍編集補助をしていたのですが、初めて経験する仕事ながら全く苦にならず、むしろ夢中になっていたのです。学生時代はさまざまなアルバイトをしていましたが、そのなかでも際立って楽しいと思いました。
本当はエンジニアになりたいという思いがあり開発系の企業への就職も決まっていたのですが、編集の仕事が楽しかったことから、結局はインプレスに正社員として入社しました。しかもインプレス入社時点で、本当は一般向けPC書のチームに配属されることになっていたにもかかわらず、「技術系翻訳書をやりたい」と言ってそちらに配属してもらったりと、いま考えてみると、けっこうわがままな生き方をしていますね(笑)。
技術系翻訳書の編集では、サーバーの本を担当してサーバー管理を学び、データベースの本を担当してデータベースを学び、プログラミング言語の本を担当して、ネットワークの本を担当してと、書籍を編集しながらさまざまな技術を学んでいきました。ところが、やはりインターネットの隆盛で技術系の翻訳書が以前ほど売れなくなり、あるとき、ついに書店営業に異動ということになってしまいました。
営業は営業でがんばっていたのですが、しばらくして雑誌『インターネットマガジン』のリニューアルにあわせて、再び編集職に戻ることに。その後、『インターネットマガジン』の編集をしながらネットのことを学んだり、また別のムックを担当したりしたことが、「Web担当者Forum」の前身媒体を立ち上げることにつながり、今に至ります。
ちなみに、書籍しか経験のなかった私が雑誌の編集から学んだことも、その後に役立っています。書籍は、読もうというモチベーションの高い読者に向けて、「必要なものを必要なだけ解説する」媒体ですよね。でも、雑誌は、手に取った読者がすべての中身を読んでくれるとは限りません。ぱらぱらとめくって好きな箇所を読むというスタイルなので、雑誌を手にとった読者に「おっ!」と目を止めてもらうための工夫が、記事それぞれで必要なのです。同じことを読者に伝えるのにも、「見せ方」、つまりレイアウトだったり、キャッチコピーだったり、構成だったりを考えるということを学びました。
Q「Web担当者Forum」は、どういう目的でスタートした媒体なのでしょうか?
実は、私自身の体験が大きくかかわっているのです。書籍を担当していた頃、自分ではとても素晴らしい内容の本を作っている自信があるのに、思ったようには売れないというもどかしさがありました。書籍をやっていたころは「良いものをつくれば売れるはずだ」と思っていたんですが、徐々に「世の中そういうものではないようだ」と(笑)。
そのあたりで、「どうやらマーケティングというものがあり、それがかなり大切なのではないか」と考えるようになり、また、『インターネットマガジン』で担当していたさまざまな企業向けのWeb活用術をもっと全体として提供する実践情報メディアを作ろうと、まずは前身媒体である『Web Master完全ガイド』というムック本を出版することにしました。2005年の話です。
Q初めは、「Web Master」という名称だったんですね。けれど、今は「Web担当者」。変更にはどんな意図があったのでしょうか?
理由はシンプルで、「日本にWeb Masterはいないよね。でも担当者だったらいるよね」と。どういうことかというと、「Web Master向けの媒体ですよ」と言っても「あ、それは自分向けだ」と思う人は少ないだろうけれども、「Webを担当している人向けの媒体ですよ」というと「それ、自分向けだ!」と捉えてくれる人が多いのではないかと。
媒体を立ち上げた2005年ごろは、読者は、「Webが好きでがんばって情報収集したい」「Webを上手に活用してビジネスを進めたい」というモチベーションの高い人向けにコンテンツを作っていました。しかし、その後、企業にとってWebを使うことが当たり前になり、Webの仕事が営業や管理系などと同列の「ふつうの仕事」になってきたため、読者像を少し変えました。「Webが好きだというわけではないが、たまたまその部署に配属された」という人が会社という組織のなかで「Web担当者」としての仕事をうまくできるようにと、コンテンツの方向を調整したのです。
Qコンテンツの見直しは、具体的にどんなことを?
それまでは、「Webに関する新しい情報」を提供することに力を入れていましたが、それからは、「Web担当者を助けるリアルな情報」に価値があるだろうと考え、コンテンツ作りを進めてきました。たとえば外部パートナーとのやり取りを円滑に進める方法や、社内で上司や経営者層を説得するための情報などですね。
予算と稟議と評価がある会社員は、ただ「良いWebサイトを作りたい」だけでは動けません。いくらメディアで新しい技術や理想のマーケティングの話をしても、その技術を導入するのは会社という組織だということは、忘れてはいけないのです。
そのように、「Web担当者が、組織内でより良く仕事をすること」に役立つためのメディアを突き詰めると、「ニュースをどこよりも早く掲載すること」という一般的なメディアの方向性とは違ってきます。私たちは、それよりも「今やっている仕事、明日の仕事に役立つ情報」を届けることを重視してコンテンツを作っています。
いずれにせよ、「Web」「SEO」「アクセス解析」といった“トピック”を扱う媒体ではなく、「Webにかかわる仕事をしている人」という“人”に向けた媒体だという点では変わっていませんし、そこが媒体の特長の1つだと思っています。それまでほとんど使われていなかった「Web担当者」という言葉が、今ではふつうに使われるようになったのも、うれしいことです。
QWeb担当者Forumは、漫画で解説するユニークなコンテンツを提供していますよね。
それまでも特集のなかで漫画風のイラストを含めるということはしていたのですが、本格的なストーリー漫画を手がけるようになったのが、2008年~2009年ごろですね。「Web担当者 三ノ宮純二」や「Webマーケッター瞳」といったコンテンツです。
企業でがんばっているWeb担当者さんには、30・0代の男性が多かったのです。彼らは『週刊少年ジャンプ』全盛期に少年時代をすごした人たちで、漫画に慣れ親しんでいる。そうした人たちは、文字でがんばって解説する記事よりも、漫画のほうが取っつきやすいのではないかと考えてチャレンジしてみたところ、それまでにない手応えを得ることができました。
一番印象的だったのは、「右脳」の反応です。これは、漫画を始める前は考えてもいなかったことでした。
記事を公開すると、ソーシャルメディアなどを通じて記事への感想などが伝わってきますが、漫画以前は、そのほとんどが「これは役に立つ」「やってみよう」といったものでした。しかし、ストーリー漫画を開始したところ、「瞳ちゃん、どうなるんだろう」「次が待ち遠しい」「ドキドキした」といった、これまでとは全く違う反応が見られたのです。
それまで私たちが提供していたコンテンツは、読者の「左脳」、つまり論理や判断で評価されていました。しかし漫画は、「右脳」、つまり感性や感情に響いていたのです。「これはスゴい!」と思いました。「あの媒体を呼んでいると仕事に役立つ」というのは大切なことですが、それに加えてメディアを「好き」になってもらうことが可能なんだと感じた瞬間でもありました。
それ以来、漫画記事は、人気コンテンツとして今でも成長を続けています。漫画記事を作るのはコストも時間もかかって大変なのですが、編集長の独断で漫画の予算だけはずっとキープしています(というか増やしています)。
Qいろいろなチャレンジを続けている印象を受ける、Web担当者Forumですが、安田編集長が最終的に目指す先を教えていただけますか?
私たちが考えている大きなゴールは、「Web担当者Forum」というメディアがいらなくなることです。それは、20年後のことかもしれないし、50年かかるかもしれない。いずれにしても、いらなくなるということは、今私たちが解説しているようなお役立ち情報が、当然の事として、大きな会社にも小さな会社にも受け入れられているということですから、メディアとしての役割は終えたといってもいいでしょう。
その時には、私がどうしているかというと……また別の、世の中に必要とされるメディアをスタートさせているのだと思いますよ。
現に、4月から「ネットショップ担当者フォーラム」という、今度はEコマースを担当する方向けのメディアを新規に立ち上げていますし。こちらも、Web担当者さんとはかなりニーズが異なるので、なかなかおもしろいです。
(取材日:2014年2月26日/取材と文:公文紫都)
安田 英久氏
- 媒体名
- Web担当者Forum
- 部署・役職
- 編集長