言葉で人と人をつなぐ...生涯現役で文章を書き続ける
日経ウーマン編集部で記者を務める臼田正彦さん。入社以来、日経マネーと日経トレンディでマネー記事を主に担当。世の中のトレンドと金融の世界を、わかりやすく伝えることに情熱を傾けてきた臼田さんに話を伺いました。
Q記者の道を志したきっかけを教えてください。
中学1年生の時、小説を書き始めて以来、文章フェチになってしまいました。面白い文章に快感を覚えるようになり、将来、何でもいいから書く仕事がしたいと思うようになりました。学生時代は作家志望で、同人誌サークルで活動していましたが、自分は作家には向いていないと思うようになりました。卒業後は文芸系に関わりたいと思いましたが、文芸系の出版というのは自分で書く仕事ではありません。自分で書いて伝える仕事がしたかったので、就職活動では新聞社や出版系に応募し、日経ホーム出版(現:日経BP社と合併)から内定をいただきました。
Q最初は『日経マネー』ということですが、媒体の希望などは出せたのですか?
当時、内定者には扱っているいくつかの雑誌が送られてきて、僕はその中で普通は新卒は興味を持たないと言われる『日経マネー』が面白かったんです。そのことを、内定式の時に当時の『日経マネー』編集長に話しました。それだけが理由ではないと思いますが、入社後すぐに『日経マネー』に配属されました。その後、『日経マネー』と『日経トレンディ』を2往復して、現在は『日経ウーマン』に配属されています。『日経トレンディ』は最初、家電のレビューなどが特徴の雑誌でした。インターネットが普及して家電の情報が口コミサイトで扱われるようになってくると雑誌での需要が減ってきて、代わりにライフプランに関する記事を扱うことが増えてきました。『日経ウーマン』に関しても、節約や貯蓄など家計管理がテーマとして取り上げられるようになりました。それで、マネーに関する記事を書くことができる人間が必要となり、マネー記事を担当したことのある僕に白羽の矢が立ったというわけです。
Qこれまでの記者人生で、どんな取材、記事が印象に残っていますか?
入社2年目の『日経マネー』での中国縦断取材が印象に残っています。中国語を話せないのに、「中国株について何か」というゆるいテーマでちょっと中国へ行ってきてという企画でした。香港から上海、北京と2週間、中国のコーディネーターに取材のアポを取ってもらいながら、いざ現地に到着すると取材ができなかったということもありました。今思えば贅沢な取材だったなと思いますね。
また、『日経トレンディ』の覆面取材は苦労しました。高速バスが普及し始めた頃、その乗り心地をチェックするためだけに2週間、東京-大阪間を往復し続けました。深夜に東京を出発して、次の日の早朝大阪に到着。それから新幹線で東京に戻ってきて、家でシャワーを浴びて出勤するという生活、その繰り返しでした。あとは、大阪に2週間滞在して1日に2軒のホテルに宿泊するという覆面取材もありました。部屋のスペックを確認し、朝は2軒の朝食を食べてチェックアウト。昼間はそのまま取材を続けました。白物家電の性能検証をしたこともあります。マンションの1部屋を3週間借りて、全メーカーの洗濯機を運び込みました。同じシャツを何十枚と買い込んで、同じ汚れをつけて洗濯する。洗濯が終わったら、その仕上がり具合をカメラマンと一緒に記録するという作業をひたすら繰り返しました。
Qものに対する取材や実験的に体感する取材など、様々な取材のスタイルがあるんですね。
実験や体験は、やっているうちはハイになってくるけど、正直言うと、実験よりは解説が好きです。覆面取材のような仕事は、消費者がネットのレビューを見て家電を買うようになり減ってきました。『日経トレンディ』は本当に世の中のトレンドを解説する記事に重点を置いていて、「名探偵コナン ゼロの執行人」など爆発的なヒットをした映画とか、「刀剣乱舞」や「ポケモンGO」などのゲームが社会現象になるといった記事を担当できたので楽しかったですね。
昨年『日経トレンディ』最後の年、僕が初めてワークマン(プラス)とデカトロンを対立構図にして記事を書いたんです。すると、ワークマンが自らデカトロンとの天王山に挑んでいるんだという雰囲気を演出して、対立構図をあおり始めた。結果として、他のメディアで取り上げる時も、その対立構図の切り口で特集されていく。自分のつくった構図が生きもののように動き出したことに快感を覚えました。『日経トレンディ』は、流行ったものを後から解説する仕事で、本来こちらから働きかける仕事ではありませんが、十何年やってきて初めて世の中に影響を与えたという感触がありましたね。
Q「金融・マネー」という切り口で様々な媒体・読者に届けるにあたって、どんなことを心がけていますか?
媒体によって好まれる記事というのが違うんです。マネーに関するコンテンツの場合、『日経トレンディ』は、そのからくりを解説する記事が好まれます。いっぽう『日経ウーマン』は、「ところで何をすればいいの」という部分の記述が基本です。難しいことを書き過ぎてはいけないというところがあって。専門誌ではないメディアでは書いている人が、完全に理屈を理解できていないから、専門家に取材して専門家が言っていました、ということに止まっている記事も見受けられることもあります。
一方で、理屈がわかっていて正しいことを書ける人は、表現力がなかったりする。だから本当に理屈がわかる人にしか伝わらなくなっている。そこのすき間を埋めるためにはどうすればいいのかを考えています。伝え方の工夫、文章の書き方の工夫という仕事は、すごくやりがいのある世界だと思っています。
Q特に今回は、初の女性向け媒体ということで、また今までとは異なる新たな挑戦ですね。
僕は、一切興味のない状態で、取材だけして書くっていうのが、性に合わないんです。例えば、女性たちが資格を取得する場合などに英語を勉強することがあると思います。そんな女性たちの立場から何か体得することができないかと、英語を勉強しなおしています。目標に向かって学習する感覚を自分で体験するからこそ、資格取得に関する記事を書く場合でも、読者にわかるように自分の言葉で書けるという気がしています。
他にはInstagramを今挑戦しています。女性の感覚をつかむためにはInstagramがいいなと思っています。Instagramに投稿するためには、ネタを探して現場を見に行く。例えば、チェーン店でうどんを食べて済ましていたのを、ちょっと見栄えのいい店でランチをする、というような発想にもなる。そういう発想になれるから、Instagramに投稿するというノルマを課しているんです。そうやって体感して気づいたこともあります。女性は、何を買うにしても、そこに「幸せ」というキーワードがくっついている感じがしています。それと、自分をよく見ていますよね。
まあ正直、そこは始めて半年の素人なので、まだまだ思い違いもあるかもしれません。
Q最後に、今後、チャレンジしたいことを教えてください。
マネーの世界に興味を持たせる喚起はしているけど、そこで止まっている記事が多いと感じています。『日経ウーマン』では、どういった金融商品を買えばいいという内容ではなく、お金に関する勉強法や疑問点を解説するような「お金の教養」といったことをテーマにした特集記事を書きたいと思っています。本を書くことにも興味があります。まだ世の中に出ていないものが僕の中で蓄えてあるので、いつかそれを書籍にして出版したいと思っています。僕は根っからの職人系で、将来管理職になりたいとも一切思わない。普通の人は取材が楽しくて、原稿を書く作業は苦しい。けど、僕は文章フェチなので書くことが一番気持ちいい。これからも生涯現役で文章を書き続けたいですね。
(取材日:2019年6月28日)
臼田 正彦氏
- 媒体名
- 日経ウーマン
- プロフィール
- 1978年生まれ。2001年、新卒で「日経マネー」に配属され「日経トレンディ」を経て2019年から「日経ウーマン」編集部の記者に。趣味はデジタルやエンタメ。