言論空間を作ることが私の仕事
米国発のニュース・ブログメディア「ハフィントンポスト」の日本版が2013年5月にオープンし、livedoorニュースやBLOGOS、GREEニュース、WIRED.jpなど数々のウェブメディアに関わってきた松浦茂樹さんが編集長に就任されました。 “言論空間を作ることが私の仕事”と言う松浦さんに、現在の状況や、メディアとして目指して行きたい方向性などを伺いました。
Qまず、ハフィントンポスト日本版の編集長に就任された経緯を教えてください
現職に就く前から、数々のウェブメディアの立ち上げや運営に携わってきましたので、その実績から、日本上陸の際にお声がけいただきました。とはいえ私は編集者よりも、どちらかというとメディアを仕切るプロデューサーもしくはディレクターをしてきた経験の方が長いので、正直「編集長」というポジションでお話を頂いた事は意外で、丸一日どうしようか考えたものです。
でもハフィントンポストはずっと注目してきた媒体で、私も日本上陸を心待ちにしていた一人ですし、小さいころから好奇心が旺盛な性格なので、これは面白いことになりそうだという直感が働きました。
また、それまで手がけてきたウェブメディアの多くは、新たに立ち上げるといってもすでに多くのユーザーがいるところに向けて情報を発信していくので、完全なるゼロスタートではありません。
一方ハフィントンポスト日本版は、何も母体がないところからです。すでに米国では圧倒的な人気を誇るメディアですが、日本での知名度は低く、どうやったら多くの読者に関心を持ってもらえるかをゼロベースで考えなくてはいけません。これは大変なことですが、自分にとってもスキルアップにつながるだろうと考え、面接を経て2013年3月に編集長に就任しました。
Qオープンから半年が経過しましたが、振り返ってみていかがですか?
ページビューやユニークユーザー数などは公開できないのですが、オープン前に予想していた値よりもはるかに上をいく数値もあり、多くの読者に楽しんでいただけているという実感を持っています。一人でも多くの人に見ていただくためには?と逆算して、団塊ジュニア世代を読者のコア層に設定しましたが、実際にはそこを軸にしつつも、前後の世代の方々にも興味を持っていただける話題提供も意識しているので、幅広い層の方に見ていただけているようです。
編集方針は、各国の編集長に任されています。私は未来につながるポジティブな話題を中心に取り上げて行くこと、誹謗中傷はしない等のルールの設定と、コア層に設定した段階ジュニア世代が一番気にしていること、問題意識として抱えていることを掘り下げて行くメディアにしようと考えました。具体例を挙げるなら、少子化問題や日本文化の海外発信などです。
ハフィントンポストはニュースを配信するだけじゃなく、そのニュースを元に読者が独自の意見を重ねてさらに発信していただく、意見発信型のプラットフォームという側面を持っています。サイト上のコメント欄や個人のブログ等を通じて、読者の皆さんにどれだけ自身の意見を発信していただくか。そういう意味ではまだ、私たちが目指している「言論空間」には至っていないと考えています。コメント数一つとっても決して多いとは言えませんからね。
日本人はもともとあまり自分の意見を口に出さない国民性なので、ニュースサイトにコメント欄をつけても、実名が前提ではあまり発展してこなかった歴史があります。ですから、コメントをしてください、意見を発信してくださいと言っても、すぐに浸透するとは思っていません。
しかし、私たちはハフィントンポストを通じて、読者が自身の意見を述べ、前向きな議論へと発展することを目指しているメディアです。
少しでも多くの意見を出してもらうために、読者に全ての判断を委ねる問題提起法だけではなく、「Aだと思いますか?Bだと思いますか?ご意見ください」という言い切りも時には必要だと思います。これは取り上げるニュースによっても適正が分かれると思いますので、記事の作り方や見せ方を含め、まだまだ知見をためていかなくてはいけないところです。
Qさきほどプロデューサーとしての経験の方が長いとおっしゃっていましたが、編集長になられたのはこちらが初めてですか?
肩書き上、編集者をしていたことはほんの少しだけありますが、編集長は初めてです。編集長の役割はメディアによって違うと思いますが、私の場合は目指すところまでメディアを引っ張って行く旗ふり役だと思っています。ですから編集者よりも、ハフィントンポスト日本版という言論空間を作るプロデューサー色の方が強いかもしれません。
Q少し話は変わりますが、松浦さんといったら赤いメガネがトレードマークですよね。こちらは以前から?
いえ、この派手な赤メガネはハフィントンポスト日本版の編集長になってからです。私はウェブメディアの編集長は、自ら色々な場面に出向いて行き、プロモーションすることも大事だと思っています。ですからイベント出演も取材も、依頼をいただければできる限り引き受け、ハフィントンポストが届けたい思いを口頭でも伝えています。
そのためには、あ!あの人呼ぼう!とパっと浮かんでもらえるように、編集長がアイコン化されていることが望ましいのですが、IT業界で黒髪、普通のメガネ、特徴のない顔立ちだと、まあ覚えてもらえないわけです(笑)。そこでインパクトを付けるために、自らの発案でこの派手な赤いメガネを掛け始めました。ハフィントンポスト日本版は完全にゼロからのスタートでしたので、まずは知っていただき多くの方に読者になってもらわなくてはいけませんので、このようなイメージ戦略は大事だと考えています。
Qまだオープンから半年でこれからというところだとは思いますが、松浦さんが考える「ここを超えたら一つ目標クリア」というラインはありますか?
「言論空間」と言うからには、何かしらの部分でアクションにつながり、世の中が変わるきっかけになれたら、それは一つ目標クリアと言えるでしょう。大きな反響を頂いた東京・小平市の住民投票不成立問題に関する件は、私たちも情報発信元としてサポートしつつ、最終的には裁判にまで発展し、現在も続いています。
このようにおかしいと思えることに対して、メディアとして声をあげていくこと、また読者の方からも意見が出て活発な議論が交され、その結果として世の中が動くこと。これこそがハフィントンポストが目指す先です。テレビや新聞から火が付き、世の中が変わるきっかけとなった事例はいくつもありましたが、ネット発となるとまだその数は十分ではありません。ですからそこに向かって行き、いくつかのきっかけになることが、私たちの目標です。
Q最後にこの企画の読者である広報の皆様にアドバイスを頂きたいのですが、松浦さんが考える良いプレスリリースとはどういうものでしょうか?
ユーザーが読んでも楽しめるプレスリリースは、良いものだと思います。企業は自社のプロダクトやサービスを知ってもらうためにプレスリリースを出しているので、どうしても「知ってほしい」が先行になりがちです。しかし私たちは専門媒体ではなく、多くの読者をターゲットにした媒体なので、どれだけその製品が優れていようと、媒体の先にいるユーザーに関心を持ってもらえるものじゃないと、記事にはしにくいのです。
そのプレスリリースの中にユーザーが楽しめそうだと感じられる観点があれば、それぞれのメディアでアレンジして掲載できると思いますので、そうした“各メディアが膨らませられる余地”があるといいですね。
(取材年月:2013年11月21日/取材と文:公文 紫都)
松浦 茂樹氏
- 媒体名
- ハフィントンポスト日本版