『戦争広告代理店』から学ぶスタートアップのPR戦略
NHKディレクター高木徹氏の著書『ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)』から、現代のベンチャー・スタートアップ企業のPR戦略にも役立つエッセンスをご紹介します。
『戦争広告代理店』概要
1990年代、最悪の紛争と言われるボスニア紛争。セルビア側がボスニア側に「民族浄化」を行っているとして、国際世論の非難がセルビアに集中。セルビアは世界の悪者になり、NATOに空爆されて敗北という結末を迎えました。
しかし実は、「セルビア人による民族浄化」は、米国のPR代理店が仕組んだキャンペーンだったのです。
ボスニアに雇われた米国のPR企業のジム・ハーフ。彼は誰も注目していなかったボスニア紛争を話題にし、マスコミや国際政治を動かし、世論を誘導し、ついには戦争を勝利に導くのです。その顛末が、迫真のドキュメンタリーとしてまとめられた本書は、PRパーソンなら一読の価値がある一冊です。
▼Amazon:ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争
米国の名PRパーソンから学ぶ世界を味方につけるPR戦略
『戦争広告代理店』の中で活躍する米国の名PRパーソン ジム・ハーフ。彼の世界を巻き込んだPR戦略からは、ベンチャー・スタートアップ企業のPRにも役立つエッセンスを学べます。
Q≪なぜ最初の記者会見は話題にならなかったのか?≫
ジム・ハーフが行ったボスニア紛争に関する初めての記者会見。事前準備のポイントは2つありました。
■記者会見では必ず数項目のポイントを立てた新提案を行う
「誰々は今日●●の新提案を行った」という記事を書きやすい構成にし、ニュース価値を高めるため。何か新展開があるように見え、記事の占める面積も大きくなる可能性が高い。
■プレスキットとして、国連事務総長に出した手紙のコピーなどを用意
プレスキット(メディアに配布する資料)に外相シライジッチが提出した手紙のコピーを用意。記事の材料となる事実情報・文書は事前に準備する。
準備を完璧に行ったにも関わらず、初記者会見の結果はほとんど話題になりませんでした。200社以上のメディアに声をかけて集まったのはたったの18社。『ニューヨークタイムズ』に掲載されましたが、ブラジャーを見せた女性モデルの巨大な写真広告が9割を占める紙面で小さく紹介されたのみ。
なぜでしょうか?
理由は、誰もが「そもそもボスニアのことを知らない。場所さえもわからない」状態。つまり、興味がわく以前に認知度が低かったのです。ボスニアの複雑な民族問題や歴史の知識がないため、紛争の問題意識に辿りつくのが難しかったのです。まずは知って理解してもらうところから始めないと、行動にはつながらなかったのです。この状態、まだ認知度の低いベンチャー・スタートアップ企業にも通ずるものがあるのではないでしょうか。
Q≪企業PRでも使える。世界を動かしたPR戦略≫
ここからリベンジすべく、本格的なPR戦略がスタート。ジム・ハーフが講じた5つの対策を紹介します。
Q1、最新情報を出し続ける
最新情報をA4シート1枚でまとめ、2、3日に1度(ニュースの多い時は毎日)FAXで配信。送付先は、メディアだけでなく、有力議員、国務省の官僚、国連の各国代表部、自然保護団体などのNGO、そのほか世論形成に力のありそうなあらゆる場所に情報をコマメに出し続ける。
Q2、掲載内容を拡散することで、情報を拡大する
アメリカの有力新聞やテレビネットワークでの報道内容を編集し、他のメディアに還流し、さらに大きな情報の流れを作る。
Q3、どのメディアと付き合うか。味方とすべきジャーナリストのリストを作る
各界の知識層が好んで読む新聞や雑誌、大手テレビネットワークを中心にアプローチ。大手が取り上げることによって、他のメディアも追随するように。
Q4、単独インタビューを提案
メディア全体の中でボスニアへの関心が低い状態では、記者会見をしても多くの参加は望めない。ターゲットを絞ったジャーナリストに、彼らの都合に合わせてボスニア国シライジッチ外相との単独インタビューを設定した。記者側も公開の記者会見より、単独インタビューの方がニュース価値が高まるため動きやすい。
Q5、記者に対するきめ細かい対応。会見したジャーナリストにはお礼の手紙
「プロのジャーナリストとしてのあなたのバルカン問題への深い関心を知ることができました」などのお礼を必ず行った。小さな努力の積み重ねが大切。
情報は誰がどのように作っているのか考えるきっかけに
ジム・ハーフのPR戦略により、各メディアでインタビュー記事や特集記事が掲載されるように。メディアだけでなく、政治家や国際会議も巻き込み、ボスニアに同情的な国際世論を巧みに演出していく展開からは目が離せません。
今もなお世間を揺るがす紛争や戦争が起こっている中、情報が誰によってどのように作られているのかを改めて考えることができます。ダイナミックなPRの力について考えるきっかけになるだけでなく、具体的なPRの手法も学べる良著。ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
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