9回の失敗は、1回のホームランで取り返せる
「あえて使い古された技術を使う」「多機能化を避けたニッチ商品で勝負する」同業他社に右へならえをしない独自路線で、デジタルメモ「ポメラ」を始めとしたヒット商品を生みだす株式会社キングジム。開発本部副本部長の亀田さんに、業界を問わずイノベーションを生み出すヒントとなる開発現場の裏側を聞いた。
あえて『枯れた技術』を使う
Q『枯れた技術』を使われる理由を改めて教えてください。
電子文具を始めるにあたって、移り変わりの激しい電子機器の業界では、大手企業と対等に渡り合うのは難しいというのがまずあったんですね。そういったところでも勝負するには、すぐに陳腐化してしまうような商品だとか、「倍の性能で半分の値段」のように技術のスピードに巻き込まれてしまうと苦しいねと。
そこで考えていったら、値下がりしないもの、技術も使い古されていて安定しているものがいいんじゃないかと。それこそキングジムがやっている紙の加工なんていうのはすごく『枯れた技術』なわけです。紙と金属の加工ですから。そうなるともう値段は下がり切っているし、品質は安定している。
ですからキングジムが電子文具に参入する時には、競争の条件を有利に持っていくためにそういった技術を使おうとしていました。
Qどの技術に着目するか、条件などはありますか?
弊社のテプラはラベルを作るための物です。ラベルを作るのに最適な技術は何かとなったときに、たまたま電子のデバイスに行きついただけだったんです。「電子製品を作りたい」というよりは、ゴールがまずあって、それに一番適したのがたまたま電子技術だと。だから特定の技術に着目しているというのはないですね。
「引き算の商品開発」、機能を絞る
Q「機能を絞り込む」ということを仰っていますが、その際に特に意識することは何ですか?
常に「何をするための商品なのか」を考えています。「ラベルを作る」とか。「何をしたかった機械か」、そこに戻って、そのことだけをやると。多くの機械は色んな機能を持っています。一方でキングジムの商品って、どこか単機能で、「引き算の商品開発」というようなことを言われたりするんです。残す部分は、本当にその商品のコア。
だけど、引き算だけではなくて、やっぱりやらなきゃいけないのは、残った機能を世の中の水準より高いレベルにすることなんですね。そうしないと「ただ機能が足りない欠陥商品」になってしまう。
キングジムが出している商品って、テプラはかなりオフィスの必需品となっていますが、他の物って昨日までなかった物じゃないですか。ということは、極端に言えばなくてもいいんですよ。他の手段でなんとかできていたんです。でも「より良いですよ、より便利ですよ」と言って商品化しておいて、その性能が「そこそこ」という訳にはいかないんですよね。
たとえばポメラ(デジタルメモ機器)なんかは、書くことしかできないのですが、起動がすごく速い、電池がすごく長く持つ、パソコンと同じようなATOKが入っている、というように、残った機能がすごくパフォーマンスが高くなるように作られているんです。そういう物の作り方でないと、なかなか受け入れられないという実感はありますね。
Q 高い水準のラインはどのように判断されているのですか?
決して「見たこともないくらいの水準」ということではないんです。テプラであれば、印刷屋さんに出したときと同じくらいのクオリティのラベルが得られる。それから文字も消えて落ちない。それこそちょっと触っても消えないとか、こすっても落ちないというくらいではなくて、薬品をかけても落ちないとかですね。
普通の人たちがそういった物を手にとった時に「これぐらいを期待されるだろうな」という水準で作るということですね。
作り込んで売れなかったら、それはトップの責任
Q年間にどれくらいの企画案があがって来るのですか?
課の中のミーティングでアイデアを出して、そこでボツになった物も数えると、いくつになるかもう…。最終的に商品になっているのが年間で30?40個くらい。月に3つ程度の新商品が出ています。
まず課の中で「よしちょっとこれ上にあげてみよう」となった時に、私と本部長のところにその話が来ます。そして我々も「これやろう」となったら、開発会議という社長含む全取締役が出席する会議にかけます。それこそ入社一年目もそこでプレゼンします。
我々は担当者に「やり残したことがないようにしてくれ」とだけは言います。「やり残したことがある」ということは、しっかり作り込めていない、中途半端な物だからです。ネットでは評判になったけど、触ってみて「性能が悪い」と売れないのは、もう100%開発の責任ですよね。
ただし、開発段階でしっかりと作り込まれていて、それが売れないのであれば、それは「これぐらいはいるな」と思っていたニッチ層が小さかったということ。これはさっきお話しした社長以下の経営陣が商品化を決めたのだから、「お前らが気にすること何もないよ」という話ですね。
Q商品化の判断は、上層部で割れることもあるのですか?
ポメラが出たときは、役員が何人もいる会議で15人中1人だけしか賛成者がいませんでした。その方は社外取締役の大学の先生で、よく出張先で移動中に論文を書いたり、本の執筆をしていました。いつもパソコンを持ち歩いていて、「重くてしょうがない。バッテリーも持たないし」と。だからポメラの案に対して、「これならいくらでも出すから買う」と言いました。
売り出す前は電子物の好きな一部の層しか買わないと思ったのですが、出してみるとそんなことはない。記者の方や文章を書く方にすごく買っていただいたんですね。ポメラのヒットで、そういうニッチ商品でのやり方もあるんだと分かりました。会議の席上で1人しかやると言わなかったとしても、こんなにヒットすることがあるのだと。
宝くじの一等を最初に引いてしまった
Qポメラ以降もショットノートやデジタル耳せんなど、次々商品を出していますが、新商品の開発で行き詰まったことはありましたか?
お付き合いのある国内外の家電メーカーさんとお話しすると、「新商品を出すなら10億円規模の売上は狙えないと」という話が出ます。そうすると、ハードルが高くてなかなか新しい物が出ませんよね。今売っている商品の後継モデルばっかりになる。
うちもそういった時期がなかったわけではありません。1988年から10年くらいはテプラの後継モデルを作るので手一杯だったんです。すごく伸びていましたしね。テプラはキングジムが出した一番最初の電子文具。そうすると「電子文具ってそれぐらい売れる物」という前提ができてしまう。
振り返ってみれば、宝くじの一等を一番最初に引いてしまったんです。「宝くじって買うと儲かるね」みたいになってしまった。そんなのがベースにあったものだから、「違う物もやらなきゃ」という時に、テプラよりも規模が小さいからやめてしまうとか、売り切りだとテプラのように消耗品で利益を出せないから考え直そうとか。そうやっていると、新しい物って出ないんですよ。
Qそのような状況をどのように脱したのですか?
キングジムの柱って、ファイルとテプラなんです。ですが、テプラはもう発売から25年以上経っていますので、行き渡るところには行き渡っている。ファイルも価格が安くなっている。だからファイルもテプラももうこれ以上伸ばすのは難しい。このままこの二つだけに頼っているわけにはいかないということですね。
そんな背景があって、テプラの発売から20年空いて、2008年にポメラを出しました。社外の方からは「キングさん、方針変えましたね」「消耗品がない商品もやるんですか?」と言われました。でもやらないと新商品が出ない。
ポメラの挑戦が当たったので、ニッチに絞って欲しい人にグッとくる物を出せばそこそこ商売にはなるんだと分かりました。その中でもう一回テプラみたいな一等を引きたいなという気持ちはありますね。
失敗を乗り越えた先のホームラン
Qスマートフォンのサービスが増えている中で、最近デジタル名刺の商品を出されたのはなぜでしょうか?
キングジムは名刺の整理用品をすごく昔から扱っています。なので名刺を整理するという分野は本業にかなり近いところなんです。スマホのサービスを使っている人がたくさんいるのは知ってます。けれども、手間がかかると。人と会った時にスマホを出して、パスワードを入れて、そのアプリ選んで…その手間はきっとダメだと思ったんです。
Qこのタイミングで出されたのは何か意図があったのですか?
2010年あたりになると、名刺関係の端末を作るためのデバイスの技術が『枯れて』来た。たぶんもっと前にも作れた商品だったんですけど、その時だとすごく高い。枯れてこないと手頃な値段にならないんですよ。よく私が担当者にも言うのは、「今ダメだからといって、将来に渡ってダメな物はないからね」ということです。
Q御社が新商品の開発に挑み続ける原動力は何でしょうか?
社長の宮本がよく話す「10打席のうち1本ホームランを打てば良い」ということなんです。失敗は構わない。あるかどうか分からない市場を自分たちで作るのだから、そんなのが全部当たる訳ないじゃないですか。その代わり1本は、たとえばテプラみたいに人々の習慣にまでなって欲しい。そういう物が出ると、当然後発のメーカーも入って来るんですけど、先行者の方が絶対に有利なので、9回の失敗なんか1回で取り返せるんですね。
Q今後の展開として目指していきたいところはありますか?
電子とかデジタルというよりは、文房具を変えていかなくてはいけないという意識があります。たとえばショットノートという商品。これはキングジムの中では「デジアナ文具」と呼んでいるんです。スマートフォンで撮ると、ノートの四隅にあるマーカーを検出して斜めから撮っても補正するという機能が付いています。
スマートフォンは、今ではビジネスで欠かせない物になっているじゃないですか。でも、文房具の進化って、スマートフォンとは全然関係なく勝手に進んで来ています。だけど、環境がそういう風に変わって来ているのだから、この環境に合うように文房具を作り替えなきゃいけないと思うんです。開発本部全員には、そういうテーマで考えて欲しいと伝えています。
スマートフォンと組み合わせると、今までの単なる文房具と違ってより便利になる、そんな物がもっとあると思うんですね。これは一つの方向性なのだろうなと。
(取材日:2014年7月28日/撮影:首藤 達広)
亀田 登信氏
- 企業名
- 株式会社キングジム
- 部署・役職
- 執行役員 開発本部副本部長
- 設立
- 1948-08-01
- 所在地
- 東京都千代田区東神田二丁目10番18号
- プロフィール
- 1963年1月東京生まれ。1985年3月明治大学法学部卒業。同年4月キングジム入社、5月商品開発部に配属。1986年同社で電子文具開発プロジェクト「Eプロジェクト」が発足し、プロジェクトメンバーとしてテプラの開発を担当。2007年6月電子文具開発部部長、2011年6月執行役員開発本部副本部長に就任、現在に至る。