“爆速”経営の「力」と「志」を伝える
日本のインターネット業界の草分け・ヤフーの電撃的なトップ交代から1年。“爆速”経営による新体制は、同社の広報のあり方にも大きな変化を促した。この変革に当たって、広報の舵取り役を担っているのが、コーポレートコミュニケーション室長の長野徹さんだ。
広報業務の幅が拡大、人員も大幅に増強
Q好業績で発進された新体制ですが、経営陣刷新により広報の体制はどう変わりましたか?
それまでの広報は、2つのチームで構成していましたが、この1年の間に枝分かれしたり、新しいチームが立ち上がったりで、現在は6チームで動いています。業務領域の広がりを受け、部署名も「コーポレートコミュニケーション室」へ変更し、人数は10人から26人へ大幅に増えました。また、創業以来はじめて、新卒も3人配属されています。
6つのチームのうち、メディア対応による、対外向けの情報発信を担当しているのが、「広報チーム」、「コミュニケーションデザインチーム」、「企画チーム」の3つ。ほかにソーシャルメディアに特化した「ソーシャル企画チーム」、社内広報を行う「インナーコミュニケーションチーム」、映像やロゴ、ブランド、講演・イベントなどを通したコミュニケーションを担当する「コーポレートコミュニケーションチーム」の3チームがあります。
Qコミュニケーションデザインチームとはどんな業務を担うのですか?
これは、ヤフーという会社をどう伝えていくか、世の中でキーワード的にとりあげられる事象に対して、当社の活動領域をいかに重ね合わせてアピールしていくか、そういう形のコミュニケーションに特化したチームです。
たとえば、世間には「××と言えば~」で語られる会社がいくつもあります。少し前なら、「ロングテールと言えばアマゾン」であり、「Web2.0と言えばグーグル」だった。うちだって同じようなことをやっているにもかかわらず、なぜ、「××と言えばヤフー」ということにならなかったのか。今後「××と言えばヤフー」と言われるために、どんなコミュニケーションをしていけばいいのか。それを意識的にデザインしていくのがこのチームの役割となります。
Q部門内のコミュニケーションはどのように?
一気にメンバーが増え、どのチームも非常に活気づいています。あっちでもこっちでも話し合いの輪が広がり、周りの部署から「うるさい」と言われるほど。でも、このワイガヤみたいなことが実は大事なのではないかと私は考えています。
1人の人間が接することのできる情報の量や触れ合うことのできる人間の数は限られています。でも、メンバーが増えたおかげでそれが何倍にも増えた。それぞれが察知したものを持ち寄って共有すれば、1人では見えなかったものが、見えてくるかもしれない。聞こえなかった言葉が、聞こえてくるかもしれない。そうやって受信のアンテナを研ぎ澄ますことが、この大きな変化の波を乗り切っていく上では欠かせないことなのではないでしょうか。
「力」=ファクトだけでなく「志」=メッセージを伝える
Q業務の幅が広がり、人員もそれだけ増強させたところに、新経営陣の広報に対する期待の高さが伺えますね。
はい、求められるものが大きく変わったと感じています。これまでのヤフーの広報の手法は、ファクトベースと言いますか、事実をきちんと淡々と発信することを基本にしていました。それだと「××と言えばヤフー」と、みなさんに認識していただくことはできなかった。
ところが、新社長の宮坂の言葉を借りると、会社には「志と力」の両面が必要だ、ということになりました。「力」とは、「業績が好調です」「〇千万人の方にサービスを使っていただいています」というファクトによって伝えられる部分。
一方「志」とは、何を目指しているのか、どうありたいのかというメッセージです。つまり、これまでのファクトベースの広報活動に加えて、メッセージを伝えることにも注力していくという方針に変わったというわけです。
ファクトベースであれば、ある程度一律に伝えることもできましたが、メッセージを伝えるとなると話が違う。受け手の多様性に対して、それぞれどんなメッセージを投げかけていくべきかを、常に考える必要が出てきます。また、あの伝え方とこの伝え方、あるいはあの映像とこの映像のどちらが受け手の心に響くのか、それによって、受け手はどんな態度をとるのか、といったことも当然踏まえていかなくてはなりません。
Q受け手の態度を変容させるところまで持っていくのが広報の仕事であると?
ええ。コミュニケーションの結果、何かしら相手が変わらなくては意味がありません。志と力ということで言えば、whatはファクト、つまり力です。これに対してwhyがメッセージ、志です。ここで我々が担うのがhow。どうやってwhatやwhyを伝えていくか。背景を描く、ストーリーを作る、道具立てを考える。あるいは、活字で伝える、映像で見せる、トップが直接語りかける、ソーシャルメディアできめ細かくやりとりをする。これらhowのさまざまな手法をいかに組み合わせて、受け手の態度変容やアクションを促すか。
広く報じるだけではダメで、相手を動かしてこそ広報。そのためのコミュニケーションを設計し続けることが、我々の仕事だと思っています。
常にパブリックを意識して行動すること、考えること
Qそんな変化の中で広報の果たすべき役割とはなんでしょうか?
広報にとって大切なことは、「パブリック」という概念への深い理解です。会社のすべての部署が、それぞれ、ユーザーあるいは取引先、ビジネスパートナー、株主、社員などとコミュニケーション活動を行っていますが、これらはひっくるめてステークホルダー、利害関係のある人たちなんですね。
しかしその外側には、利害関係のない人たちが多数存在しています。パブリックとはステークホルダーを含むけれども、もっとずっと広がりがある。社内でパブリックまで考えるのは、広報だけです。たとえば、講演で聴衆に受けたからといって、そのまま公で発言したら舌禍事件になってしまったというケースは少なくありません。これはパブリックを見失ったことによるもの。あるステークホルダーには言っても平気なことが、パブリックに広がった途端、とんでもない事態になることはよくあります。
また、何かが起こったとき、ステークホルダーは、後で言い訳をする機会をくれるかもしれませんし、利害関係の中で調整することもできるでしょう。でも、パブリックはそうはいきません。
パブリックを意識して行動すること、考えること。広報にしか果たせない役割はここにあると思います。特に、会社が大きく変化している今のような時期は、最悪の結果を想定して最高に頭を使っていく必要があります。
Q最後に、今後について思うところをお聞かせください。
トップが交代してから1年、組織や体制を大きく作りかえていくという貴重な経験をさせていただきました。対メディアで言えば、ハネムーンの1年間で、社長の人となりや方針、伝えたいメッセージに興味を持っていただき、たくさんの記事にしてもらうこともできました。
でも、1年が過ぎ、ここから先は、我々の提示するファクトやメッセージが、価値ある情報であるのかどうか、一つ一つ厳しく吟味されることになるでしょう。その意味では、これからが正念場。5年後10年後どういうブランドになっているべきかをイメージしつつ、変化の激しい目の前の現実に迅速に対応して、より良いコミュニケーションを追及していきたいと思います。
(取材日:2013年5月21日)
長野 徹氏
- 企業名
- ヤフー株式会社
- 部署・役職
- 社長室 コーポレートコミュニケーション室 室長
- 設立
- 1996-01-31
- 所在地
- 東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー
- プロフィール
- 1986年三菱商事入社。
営業、新規事業、広報などを経験し、2001年Yahoo! JAPAN入社。Yahoo! JAPANでは一貫して広報業務に携わり、2007年から現職。