需給を見極める目
F1層の女性から支持を集める外食ベンチャーの「きちり」。広報の三上成文さんは、自分の目と耳を頼りに、足で稼いだ情報で「きちり」のブランディングを推進する。
知られざるもう一つのビジネスモデル
Q2012年にオープンした「丸の内タニタ食堂」はさまざまなメディアで取り上げられましたね
当社は外食産業の中でも、ビジネスモデルがけっこう独特なんです。現時点で当社が展開している店舗は63店舗に及びますが、出店立地にはこだわりを持っており、店舗数をひたすら増やす拡大戦略はまったく取っていません。
では何を目指しているかと言えば、直営店の運営で培ったプラットフォーム、すなわち飲食店を運営する基盤を外部に貸し出すビジネスです。プラットフォームとは、従業員の給与計算や勤怠管理、人材採用等を行う「バックオフィス」、食材の調達や物流を担う「バックヤード」、そして170社に及ぶ取引先からなる「バックアップ企業」を指します。これらのプラットフォームの構築に、当社は長い時間をかけて注力してきました。
「丸の内タニタ食堂」はその第1弾に当たります。タニタ様の強いブランド力と当社のプラットフォームが組み合わさり、タニタ様のレシピ本の世界観を忠実に再現したアンテナショップとして開業、大きく注目されました。
Q最近は、広島の食品加工機メーカーとも提携されましたよね
精米機で世界トップシェアを誇るサタケ様と業務提携しました。おむすび専門店「おむすびのGABA」を、2013年5月、秋葉原に出店します。チョコレートでも話題になったGABAというアミノ酸をご存知でしょうか。GABAには、ストレスを抑える作用があるといわれており、玄米にも含まれていますが、白米にすると1/10程度に減ってしまいます。サタケ様は精米時に失われるGABAを白米に残す独自技術を持っていて、「GABAライス」を認知、普及させるためのアンテナショップを、当社のプロデュースによって開業します。
Qプラットフォームを貸し出すというモデルは、業界的にも珍しいのですか?
飲食業界でこのようなビジネスモデルは従来なかったので、記者さんになかなか理解していただけないこともあります。地上波の有名番組のディレクターの方にお酒を飲みながら相談したときも、「視聴者に伝えにくい」と言われました(笑)。状況が変わったのは、「丸の内タニタ食堂」という成功事例ができてからでしょうか。
直接話を聞いて関係を築く
Qでは、三上さんの入社経緯を教えてください
学生時代から飲食業界に興味があり、新卒で入った会社も大手のファミリーレストランでした。1年半ほどして、「いろいろな企業の経営者の方に会えるかも?」という魅力に惹かれ、採用関係の広告代理店に転職。その際のクライアントが当社だったんです。きちりが2009年に本格的に東京進出する際、広報として入社しました。
Q広報経験はお持ちだったのですか?
前職時代に、当社の採用広告やブランディングに携わっていたので、強みやビジネスモデルを把握できていたつもりでした。しかし、入社したての頃は右も左もわからないありさま。
まず考えたのは、「広報の仕事とは何か?」。この命題と向き合った当時は、プレスリリースを流したり、さまざまな企画をメディアに持ち込んだりするといった、基本的なことさえ知りませんでした。そこで、SNSサイトで広報担当者のコミュニティを探し、その中に集まっている人たちの会合や勉強会にまぜてもらって、ノウハウを教わったり人脈作りに励んだりしました。
その中で感じたのは、どの広報担当者にも共通している仕事はプレスリリースの配信くらいで、業種、業態によって取り組み方がまちまちであるということ。いろいろな企業の広報担当者から教えてもらった情報をもとに、自分流にアレンジして実践に移すことにしました。
Qどのようなノウハウが蓄積されてきましたか?
世の消費を司っているのはやはり女性ですから、男性よりも女性をターゲットにした広報活動のほうが、メディアで取り上げられやすく、口コミ効果も期待できると感じています。女性の消費行動をリサーチするために、女性誌にはけっこう目を通しています(笑)。
また、情報発信力の強いパワーブロガーさんたちと食事会をして、情報交換させてもらうこともしばしばです。自分の目や耳、足で稼いだ情報が一番参考になると思っているので、トレンドに敏感でトレンドを作る側の人たちの情報を積極的に集めるようにしています。
Q直接話を聞くのは大事ですよね
いかんせん人間が1人でやれることには限界があると思うんです。当社の場合、広報担当者は僕1人なので、社内コミュニケーションの大切さも痛感しています。当社の店舗は営業時間がおおむね深夜2時までなので、店舗スタッフ間の歓送迎会などは、深夜3時スタートです。ですが、そういう場に僕が出向くことによって、店舗スタッフとのコミュニケーションが円滑になり、信頼関係が醸成されます。店舗からリリースのネタも上がってくるようになりますし、急な店舗取材が入ったときも快く協力してくれるんです。
「人材に力を入れている会社」として差別化を図る
Q飲食店がひしめく関東エリアでの認知度を高める施策は?
最初にお伝えした、店舗運営のプラットフォームは、外食産業ではどの企業も取り組んでいないビジネスモデルだと思います。今後は、直営店舗の運営もさることながら、当社が外食産業のイノベーターであることも強くアピールしたいですね。
また、外食産業は、昔よく言われた「3K」のイメージがいまだに付きまとうのか、新卒の学生にとってあまり人気がある業界だとは言えないと思います。そんな業界イメージを払拭する一環として、当社では、アルバイトとして働いてくれている「パートナー」の就職活動を支援をしています。パートナー約120人を対象に、就活支援の講座や面接対策、エントリーシートの添削などを実施した際は、ワールドビジネスサテライトで紹介されました。
他にも、新人研修の一環として、新卒生だけで運営する店舗を、大阪の堂島で開業。ユニークな企業として、NHKのニュース番組で取り上げていただきました。これらの施策によって会社としての認知度もアップするし、新卒採用の際にも意識の高い学生がエントリーするようになるのでは、と考えています。
Q就職活動まで面倒を見てもらえたら、アルバイトの方も嬉しいでしょうね
僕の入社前から、当社では「パートナー卒業式」という社内行事を毎年行っています。前職時代に、その場に参加させてもらったときは驚きましたね。正装でドレスアップしたパートナーの学生が、壇上で表彰されて嬉し涙を流していたんです。パートナーに対して、ここまで行き届いたケアができる会社はめったにないと感じました。広報としては、その点をブランドとしてきちんと確立させ、人材に力を入れている会社というイメージを広めていきたいです。
Qところで、最近フードアナリストの資格を取得されたそうですね
広報担当者が自らメディアに出るケースもありますよね。自分が表に出ることによって、会社のPRも一石二鳥で可能になるなら、食にまつわる資格を何か取得して、セルフブランディングを図ろうと考えました。テレビ業界では、フードアナリストの需要はわりと高いらしいのですが、大半が女性で、男性のフードアナリストはごく少数なんだそうです。ニッチな需要があるんじゃないかなと(笑)。
Q最後に、今後の目標をお聞かせください
当社は、大阪では約45店舗を展開しているので認知度も高く、新卒採用の説明会で聞いても9割の学生は「知っている」と答えてくれます。ですが、関東での認知度はまだまだ。僕の力でその状況を変えていきたいというのが個人の目標です。名刺交換の場で「何の会社なんですか?」と聞かれるたびに、「広報としてもっと頑張らなきゃ」という気持ちにさせられます(苦笑)。
会社としては、日本発の「おもてなし」文化を世界に発信するための海外進出や、BtoBビジネスなど、さまざまなプロジェクトを進めています。最初に申し上げた当社のプラットフォームを、「健康分野」「第一次産業」「エンターテイメント」などと組み合わせることで、斬新なビジネスモデルを提示できるはずなんです。このようなユニークな取り組みをしており、当社が常に話題を提供していることを、どうやってメディアに伝えていくのかが今後の課題ですね。
三上 成文氏
- 企業名
- 株式会社きちり
- 部署・役職
- 経営企画本部 アソシエイト 広報・PR担当
- 設立
- 1998-07-16
- 所在地
- 大阪市中央区安土町二丁目3番13号 大阪国際ビルディング 8階
- プロフィール
- 国内の大手ファミリーレストランを経て、広告代理店に入社。クライアントであった「きちり」の採用ブランディングに2年間携わる。2009年、きちりの東京本格進出に併せて同社へ入社し、現在に至る。