ソーシャル時代に問われるインナーブランディング
日本におけるソーシャルメディアマーケティングの先駆者「ループス・コミュニケーションズ」。広報の伊藤友里さんは、社内に自社のビジョンや行動指針を浸透させるインナーブランディングに注力している。ソーシャル時代の組織のあり方について、同社の取り組みを聞いた。
「特定の専門領域に強みを持っている」とアピールするのが、ループスの広報
Q伊藤さんの広報に関する経歴を教えてください
最初は、上場している不動産会社でIRを担当しました。株主の方もお客様であるケースが多かったので、コンシューマー向けの広報と極端に対応が異なるという感じはありません。しかし、上場かつIRという業務上、誤った情報が伝わらないことに力点を置いた「守りの広報」でした。その後に転職したモバイル向けのWeb制作会社では、「攻めの広報」を経験。社外にどんどんリリースを流して情報発信していたので、好対照でしたね。
Q現在は、どのような広報活動をされているのですか?
当社の主力事業は、「ソーシャルメディアをビジネスに活用にするためのコンサルティング」であって、製品を自社で開発・販売しているわけではありません。社外に広く情報発信するとしたら、ソーシャルメディアに関する国内外の動向分析や実態調査、代表の斉藤やコンサルタントの著書のご案内などになります。目に見えるものを提供しているわけではないので、いわゆるプレスリリースを中心とした広報活動は難しい面があります。
その代わり、自社のブログメディア「In the looop(イン・ザ・ループ)」や各種SNSをうまく活用し、当社がどんな事業に関わっているのかが伝わるよう励んでいます。「ある特定の専門領域に強みを持っている会社だ」とアピールするのが、当社の社外向け広報ですね。直近では、東京を始めとする世界10都市で同時開催された「ソーシャルメディアウィーク東京2013」の模様を、当社社員が取材し記事にしました。
Q情報発信が伊藤さんの中心業務ですか?
実は、代表の斉藤と入社前に意識のすり合わせをした際、「自社のビジョンや行動指針を社員に浸透させるインナーブランディングを強化しよう」という話になりました。当社は、社員それぞれが専門的なスキルの持ち主で、個性の集合体のような会社です。各自が外を向いて仕事をしているのは良いことなのですが、もっと絆というか、結束力の地盤を作りたいと考えました。
ソーシャル時代を迎え、情報の透明化が進み、個人の発信が会社の発信だと認識される社会になりつつあります。今まで以上に、社内カルチャーが重要になり、中から外へカルチャーがにじみ出るようにしていきたいなと。
コアバリューの浸透から、新たなコアバリューの策定へ
Q具体的には、どのようなことを行っているのですか?
どの会社にも経営理念や経営指針があると思いますが、それらを丸暗記している人や、実際に行動で示すことができる人は、意外と少ないのではないでしょうか。当社も、代表の斉藤が創業時に掲げた、7つのコアバリュー(共通の価値観)の社内浸透を図っています。分かりやすい例では、ロゴカラーと同系色の名刺を作成し、裏面にミッションとビジョンをプリント。名刺を通して、当社がきちんとした理念を持った会社であり、社員はそれに見合った行動を実践していることを示しています。
また、クローズド環境の社内SNS「Yammer(ヤマー)」を導入。拍手(バッジを送る)機能があり、7つのコアバリューに対応した仮想のバッジを贈り、お互いを称賛し合うことができます。当社の社員は外出が多く、クライアント先である関西や中国地方に出張している者もいるので、Yammerでお互いの活動や成果を共有しています。
Q社員の方からはどのような反応がありましたか?
コアバリューを体に染み込ませて実践してもらうために、名刺やYammerといったツールを活用したわけですが、「褒めたいのに、7つのコアバリューでは収まりきらない項目がある」とか、「この仮想バッジはあまり使わない」という声が、社員から上がってくるようになりました。現在、新たなコアバリューを策定するプロジェクトが社内で発足し、私がプロジェクトリーダーとして進めています。
Qインナーブランディングの知識はどのように仕入れているのですか?
最も身近な先生は代表の斉藤ですね。斉藤の著書『ソーシャルシフト』、『BE ソーシャル!』(ともに日本経済新聞出版社)や、斉藤の取材対応で耳にしたキーワードを拾って、本を検索して購入して読む……という具合です。
会社が成長し続ける限り、ゴールはない
Q社員同士がリアルに触れ合う場もあるのですか?
先ほどのコアバリュー浸透策の一環で、社内イベントを四半期ごとに開催しています。そこでは、業績表彰のほか、2つのユニークな表彰を行います。
1つ目は、「ハッピーストーリー賞」。副社長の福田がクライアントを訪問して、「御社が、当社のことを他の方にご紹介する可能性はどれくらいありますか?」を尋ね、高評価されたプロジェクトチームが表彰されます。受賞した社員が喜んでくれるよう、表彰時にはクライアントの担当者から祝辞を頂戴し、本人の前で読み上げます。もう1つは、7つのコアバリューに最もふさわしい行動をした社員を表彰する「WOW!賞」です。「WOW!賞」は、縁の下の力持ちに徹している社員や、管理部門の女性にもスポットが当たるよう配慮がされています。
2回目の社内イベントからは、「ループスポイント制度」を導入。通常、社内表彰で現金を渡したら、それでおしまいですよね。社員のモチベーションを高めるためにどうすべきか模索した末、表彰と併せて、1ポイント1円で現金に換金できるポイントを表彰者に付与し、自身のスキルアップやキャリア開発に充てられる仕組みにしました。
Qそのような評価制度は、伊藤さんが考案したのですか?
そうですね、企画から全部。評価制度というより、社員が「自分の存在価値を認められている」と実感できる場を設けた、という感じでしょうか。先に申しあげたように、当社は個性の塊のような会社なので、一部の社員から「何でこんなイベントやるの?」という反発があったのも事実です。しかし、実際にやってみたら、皆が喜んでくれました。演出をきっちりやれば喜んでくれるものです。
Q現状、御社内でのインナーブランディングはどこまで達成したとお考えですか?
社内広報も社外広報も、「ここまでできれば完璧」とゴールを決めすぎずに、時代の流れに合わせて臨機応変に変革、変容していく必要があると思います。短期でのゴールなら具体的なKPIを部門で持てばいいと思うのですが、長期となると、よっぽど普遍的なゴールを決めない限り、ゴールに辿りつく頃には、その追い求めていた姿が時代遅れになっている可能性があります。
会社が成長し続ける限り、広報にゴールはないと思います。もし究極の「満点」が存在するとしたら、私は常に「まだまだ」の状態。この差をどうやって埋めて行くか、その時々で何に舵を切って加点して行くかを考えるのが楽しいですね。
広報担当者に問われる4つの資質
Q広報担当者に問われる資質は何でしょうか?
マンガ『ONE PIECE』のルフィじゃないですが、広報担当者には「仲間力」が必要じゃないかと思うんです。人脈がどれだけ豊富で、困った時に助けてくれる人が多いか少ないかで、広報の成果は左右されると感じます。
あとは「教えてもらう力」と、「助けてもらう力」、そして「他人を巻き込む力」。先ほど申し上げたインナーブランディングを進める時も、頭ごなしに「やろう!」と言い出したわけではなく、「こんなことをやりたいんだけど」と前々から親しい同僚に話をしていました。幸いにも、代表の斉藤や副社長の福田から、かなり早い段階で理解を得られたので、外堀を少しずつ丁寧に固めながら、インナーブランディングの醸成に取り組みました。何かを始める時は、このように小さなところから仲間を増やし、その輪を徐々に広げるイメージで進めるとよいのではないでしょうか。
Qそういった資質は、後天的に磨けるものでしょうか?
後天的に磨けるものだと思います。最初にIRに携わった不動産会社にしろ、前職のモバイル向けWeb制作会社にしろ、現在の会社にしろ、広報担当は常に私1人という環境でした。1人広報だと、自分の理解者が周りにいなくて、仮にいたとしても経営トップだけだったりします。だから私は、現在に至るまでずっと、自分の話に共感してくれる人をまず探して、社内の要職者につないでもらうやり方をしてきました。
前職の会社時代は、同じ年の同僚だけを集めた飲み会をよく開きました。何百人もの大所帯の会社でしたが、ある人に「同じ年の人だけ集めたら絶対に面白いでしょ?」と持ちかけたところ、その人が話を広げてくれたおかげで、さまざまな部署の人と横断的に仲良くなれました。すると、他部署の上司とも、「私の部下が世話になっている」という感覚で交流が始まったんです。
生き抜くためのサバイバル術ではないですが、総じて1人広報の方はコミュニケーションスキルがとても高く、部署をまたいですごく仲のいい同僚が何人もいるような気がします。「外とつながらないと、自分の仕事が立ち行かなくなる」という危機感が高いからこそ、社内にたくさんの仲間ができるのではないでしょうか。
伊藤 友里氏
- 企業名
- 株式会社ループス・コミュニケーションズ
- 部署・役職
- PR・Brand Evangelist
- 設立
- 2005-07-01
- 所在地
- 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-59-4 クエストコート原宿305
- プロフィール
- 大学卒業後、国内大手アパレルメーカーに販売職として入社。その後、上場する不動産会社の広報・IR、モバイル向けWeb制作会社での広報・PR業務を経て、2011年12月より現職。