専門領域と得意なリレーションズ活動をもつPRパーソンは強い
1970年の設立以来、日本のPR(パブリックリレーションズ)を牽引し続ける井之上パブリックリレーションズ。NHK記者を経て、現在同社で執行役員を務める尾上玲円奈(おのうえ・れおな)氏に、PR会社で活躍できる人物像について伺いました。
クライアントと一緒に
PRのライフサイクルを回す
Qまずは「井之上PR」について教えてください。
我々はPR専門会社として、クライアントの事業目標達成をお手伝いしています。約45年前の1970年、当時ヤマハに勤めていた井之上が創業しました。まだPRという概念が日本に浸透していなかった頃でしたが、インテルやアップルが日本市場に本格的に進出した時に、一緒にお仕事をさせていただきました。以来、一貫して欧米流のPRコンサルテーションを行っています。
QPR会社はそれぞれの得意分野やサービスの違いを出しづらいと思うのですが、御社の事業の特色は?
当社では「自己修正型ライフサイクル・モデル」という考え方を大切にしています。パブリックリレーションズの展開には欠かせないプロセスの統合的な体系で、あらゆるPR戦略立案の基本となるものです。当社のクライアントは企業にとどまりません。政府関連機関であったり、団体あるいは個人であったり、活動エリアも国内だけでなく海外になることもあります。「自己修正型ライフサイクル・モデル」は、それらいずれの場合でも適応することができるのです。
Q「自己修正型ライフサイクル・モデル」について具体的に教えてください。
まずはクライアントとゴールを決めます。たとえば顧客を何パーセント増やすとか、売上を何十億円にするなどですね。そこからPR目標やターゲットを定め、PR戦略とその戦略に沿ったPRプログラムを立案します。そしてPRプログラムを実行して、目標のズレやターゲット設定の甘さがないか、エンドユーザーとのコミュニケーションに不具合はないかなど、分析と評価を行います。このサイクルを繰り返し、スピーディーに回していきます。
そしてこのサイクルの中心に「自己修正機能」を置きます。プライオリティや戦略論に留まらず、社会通念上問題があると判断した場合や、倫理観に照らしておかしいと判断した場合は、クライアントにも遠慮なくアドバイスしていきます。
クライアントから、「うちでこれを作ったから後はとにかく売ってよ」という依頼を受けるPR会社は多いかと思いますが、我々はおこがましくも、「このデザインで良かったのでしょうか?」や「もっと売れるサービスを一緒に考えませんか?」というところまで一緒に考えてコンサルティングしていくのが特徴といえるかと思います。
M&Aのアフターフォローも仕事のひとつ
Q他にはどんなPRの支援を?
IR(インベスターリレーションズ)もやっています。単に業績の上がり下がりをリリースするだけでなく、M&Aの際に市場に対し積極的にコミュニケーションしていくことも重要です。メディアはもちろんのこと、売買を成功させるために機関投資家を味方につけることにも細心の注意を払います。
あとはアフターM&Aですね。買収された側の従業員がやる気をなくさずに働けたり、買収した側とされた側の両者をうまく融合させるにはどうしたらいいかを考えます。買収する側は、外部への説明にかかりきりになりがちです。大型のM&Aだとしても、直前まで社内の数名と我々M&Aのサポートチームしか事実を知らず、当事者である会社の社員の大多数は、テレビや新聞で買収の事実を知ることになります。社員がやる気をなくしてしまうことを極力回避するために、記者会見直後には社員向けにも説明会を開きましょうなどとアドバイスし、良好なエンプロイーリレーションズの構築をサポートしています。
ソリューションを意識した人材になってほしい
Qこれまでのご経験を踏まえて、尾上さんの考える理想のPRパーソン像を教えてください。
私は全領域を満遍なくできるPRパーソンはいないと考えています。ただ、PR活動の根底をなすメディアリレーションズ活動を、競合他社よりもいかに効果的に実践できるかは極めて重要ですので、メディアへの理解は絶対的に必要です。中でも、IT関連や医療系が強いなど、自分の「専門領域」を作っているのが望ましいですね。
また、「得意なリレーションズ活動」も持っていると強いと思います。政府関係を相手にするガバメントリレーションズや投資家相手のインベスターリレーションズ、社員を相手とするエンプロイーリレーションズなど、「専門領域」と「得意なリレーションズ活動」のかけ算ができるPRパーソンは強いと思います。
危機管理のノウハウを身に付けることも大切ですね。不祥事が起きて消費者やメディアから責められている状態。そんな時に、何をどう考え、答えていくのか。どこまで過ちを認め、どこを守ればよいのか。発表のタイミングも考えなくてはいけません。私自身は、記者をやらせてもらっていたこともあって、警察や行政の担当記者として散々不祥事の取材もしました。クライアントが危機に陥った際などの高度なメディアリレーションズは得意分野になりましたね。
Q御社のPRパーソンの採用方針は?
当社では、創業当初からPRに従事しているシニア層に多くのノウハウが蓄積されてきましたが、近年、若手を積極的に採用し、シニアの経験と若手の力を融合するように心掛けています。ただ、若手といっても新卒を採用しているわけではありません。日本では、PR業界自体がまだまだ発展途上です。新卒でいきなり幅も広く奥行きも深いPR業界へ来て右往左往するぐらいなら、外でキャリアを積んだ方がいいのではないかと思っています。
パブリックリレーションズの領域は広いので、外での経験は何もかもが役に立ちます。成熟した業界で他の仕事を経験して、それでもなおPRをやりたいという人は、苦境を乗り越えて頑張れるだろうと期待しています。
海外案件が増えて、
PR会社を雇う機運が高まっている
Q日本のクライアントはPRについてどう考えていますか?
日本のクライアントの海外案件のPRは、今でも十全に行われていないのが現状です。大変もどかしく思っています。たとえば大手商社は、世界各地で大がかりなプロジェクトを次々にこなしていますが、PR活動を伴わせないことが多いんです。
幹部の方に「もったいないですよね」と話したら、「確かに外資系の企業はやってますね」という反応が返ってきます。日経や読売など、日本のメディアが日本語で記事を書いてくれるだけではなく、インドネシアの案件なら現地インドネシアのメディアに向けて発表することも大事なんです。その効果が及ぶ地域で、きちんとコミュニケーションをしないと。海外で活躍する大企業ですらそうですから、日本企業のパブリックリレーションズに対する理解や意識はまだまだ薄いと感じています。
Q海外で活躍する商社でもそうなのは意外でした。日本と海外ではどのあたりにPRの差を感じますか?
海外の会社は、日本でビジネスをスタートさせる前からPR活動を行います。PRにしろマーケティングにしろ、コミュニケーションを重要視して最大化させるやり方をとることが多いですね。一方日本の会社は、きちんとスタートできてから、もう少し大きくなってから取材を受けようという発想をしがちです。しかしそれだとニュースではなくなってしまう。発表する機会を逃すと、メディアからは「新しい情報」とは見なされなくなります。
記者の立場を考えると、半年前に始まったことは今更記事にはしにくいものです。もちろん、どうなるか分からない情報を安易にメディアに話すのも問題ですが、完成度とスピードのバランスを考えることが大切です。日本企業に比べ、欧米企業は情報を出すタイミングをよく分かっていように感じます。
Q日本でのPRに対する認識はまだまだ薄いのですね。反転材料はあるのでしょうか?
最近心強いと思うことは、海外でMBA(経営学修士)を取得したり、マーケティングやパブリックリレーションズの学部に在籍していた人が日本に戻ってきて、PRの分野でもプロフェッショナルに仕事を依頼しようという機運が高まっていることです。
また、M&Aの戦略会議には、クライアント側の関係者の他に証券会社や法律事務所、監査法人から専門家が集まりますよね。海外企業が絡む買収案件には、確実に私たちPR会社もチームに入ります。最近では、日本でも賛否が分かれそうな複雑な案件などで、我々に声がかかることが増えていて、M&Aの際にはPR会社を雇うのが当たり前という状態が、少しずつ浸透している気がします。
価値ある情報を発信するためのPRを
Q改めてPRについて思うところはありますか?
パブリックリレーションズ(PR)というのは「パブリック」との「リレーションズ」を考えるリレーションシップマネジメントのことです。中国語では「公=i関)力」と書くので分かりやすいのですが、本来は「広報」でも「プロモーション」でも「広告」でもないんです。もっと幅が広いからこそ、色々な業種の皆さんと協働することもできる。私たちより上の世代では、PRと広告を対立させて考える向きもありますが、PRにはPRの、広告には広告の強みがありますし、同じ目標に向かってご一緒する機会がもっと増えたらいいなと思っています。
Qこれからは、どんな目線でPR活動をすることが大切ですか?
会社や商品、サービスが次々生まれてくる中で、自分たちの組織や商材はどこにいいポイントを持っているのか、社会的な目線で見つめることが大切です。テレビや紙はもちろんですが、Webメディアも社会性が高いか、ページビューを稼げるコンテンツ以外は載せなくなりましたよね。
結局、価値のある情報じゃないとダメなんです。日本には素晴らしい人材がたくさんいて、良いモノやサービスもたくさんありますので、私たちはPRの専門家としてしっかりお手伝いしていければと思います。
(取材日:2014年8月14日/撮影:首藤 達広)
尾上 玲円奈 氏
- 企業名
- 井之上パブリックリレーションズ
- 部署・役職
- 執行役員
- 設立
- 1970-07-01
- 所在地
- 東京都新宿区四谷4-34-1 新宿御苑前アネックスビル2F
- プロフィール
- 1980年大阪生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。雄弁会に所属し、東京六大学弁論大会で優勝するなどし、第113代幹事長に。在学中に衆議院議員秘書も務める。2005年にNHKへ入局。記者として松江放送局へ赴任し、島根県の隠岐島から産科医が1人もいなくなる問題をスクープ。「産科医不足」「勤務医不足」など、国会を巻き込んだ論議を引き起こした。
2007年より井之上パブリックリレーションズに入社。2012年4月より戦略企画部部長、2013年4月から執行役員として経営企画室室長に就任。また、2014年4月より早稲田大学の非常勤講師として「パブリックリレーションズ概論」及び「パブリックリレーションズ特論」の教鞭をとっている。